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佐賀地方裁判所 昭和53年(わ)246号 判決 1979年5月08日

被告人 平田幸作

昭二七・二・一七生 無職

主文

被告人を懲役八年に処する。

未決勾留日数中一四〇日を右刑に算入する。

押収してあるペテイナイフ一本(昭和五三年押第六二号の1)を没収する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、佐賀県鹿島市において焼鳥屋「秀吉」を経営していたものであるが、右焼鳥屋の経営に関して妻や姉夫婦との間にいさかいやいざこざを生じたあげく、昭和五三年一〇月上旬家出し

第一、所持金に窮した末、他人の子女を略取し、同女の安否を憂慮する両親の憂慮に乗じて身代金を交付させようと企て、昭和五三年一〇月二三日午後六時四〇分ころ、佐賀市神野町一本松一三二番地の一のロ国鉄佐賀駅南口駐車場において、A(四五歳)所有の普通乗用自動車(佐五五ふ四六―五七号)の運転を開始しようとした同人の長女B(二〇歳)に近づき運転席ドアを開けるや、同女に対し、生命身体に危害を加えかねない態度でその腹部に刃体の長さ約一二センチメートルのペテイナイフ一本(昭和五三年押第六二号の1)を突きつけて脅迫し、同女を助手席に乗り移らせたうえ、自己において同自動車を運転し発進して同女を同所から拉致し、引き続き、別紙一覧表記載日時同記載のモーテル等に投宿して同月二七日午後五時三五分ころ佐賀県神埼郡三田川町大字立野三四二番地先路上において警察官に緊急逮捕されるまでの間、同女を自己の運転する同自動車に乗せてその両手をひもで緊縛するなどして同女を終始監視し、自己の支配の下から脱出を不能ならしめつつ佐賀・福岡・山口各県内に同女を連行し、もつて身代金を交付させる目的で同女を略取するとともに監禁し、その間の同月二五日午後七時ころ、佐賀県東松浦郡厳木町大字本山三二六番地先公衆電話から同県杵島郡江北町大字山口一七八二番地の一に同女の母C(四四歳)とともに居住する右A方に電話をかけ、同人に対し「お前の娘さんを預つている。二〇〇万円用意して明日昼の一二時に佐賀駅に持つてきてくれ。警察に言うたら娘さんの命は保証しない」などと言い、再び同月二六日午前一〇時ころ、佐賀市神野二丁目一番五号先公衆電話から同人方に電話をかけ、同人に対し「用意できている一二〇万円を午後一時に佐賀駅の時計台の下に持つてきてくれんか。奥さんに持たせてくれ。」などと言い、もつて同女の安否を憂慮する右両親の憂慮に乗じ身代金を要求する行為をし

第二  同月二三日午後六時四〇分ころ、前記国鉄佐賀駅南口駐車場において、右第一記載のとおり、右Bに対し脅迫してその反抗を抑圧し、同女管理にかかる右自動車(時価約五〇万円相当)を強取し

第三  右Bを前記第一のように自己の支配下に置いているのに乗じ同女を強姦しようと企て、別紙一覧表記載のとおり、同月二三日午後九時ころから同月二五日午後一〇時ころまでの間五回にわたり、同県佐賀郡大和町大字川上五一四九番地の二モーテル「慶」外二ヶ所において、いずれも、前記脅迫等により畏怖している同女に対し、その身体に乗りかかつて押えつけるなどの暴行を加え、その反抗を抑圧したうえ強いて同女を姦淫し

たものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

被告人の判示第一の所為のうち身代金目的略取の点及び略取者身代金要求の点は包括して刑法二二五条の二に、監禁の点は同法二二〇条一項に、判示第二の所為は同法二三六条一項に、判示第三の各所為はいずれも同法一七七条前段にそれぞれ該当するところ、判示第一の身代金目的略取と監禁とは一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるので、同法五四条一項前段、一〇条により結局判示第一の所為を一罪として重い同法二二五条の二の罪の刑で処断することとして所定刑中有期懲役刑を選択し、以上は同法四五条前段の併合罪であるから同法四七条本文、一〇条により最も重い判示第二の罪の刑に同法一四条の制限内で法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役八年に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数中一四〇日を右刑に算入することとし、押収してあるペテイナイフ一本(昭和五三年押第六二号の1)は判示第一及び第二の各犯行の用に供したもので犯人以外の者に属しないから同法一九条一項二号、二項によりこれを没収し、訴訟費用については刑事訴訟法一八一条一項但し書を適用して被告人に負担させないこととする。

(判示第二、第三事実の擬律について)

検察官は、判示第二、第三の各所為について、これを強盗強姦罪(刑法二四一条前段)の一罪として処断すべき旨主張するところ、当裁判所は、前示のとおりこれを強盗罪と各強姦罪との併合罪として処断したのでその理由を以下に明らかにする。

そもそも強盗強姦罪の成立要件としての強姦行為は「強盗犯人が婦女を強姦した」といえるものでなければならず、強盗行為の完了直後の強姦行為を含ましめるとしても、社会観念上、強盗犯人の身分を失つていないと評価しうる時点までのそれ、すなわち強盗の「現場」あるいは「機会」―勿論時間的、場所的近接性を要する―において行われたものでなければならないというべきである。

ところで、本件強盗から強姦に至る経過を検討するに、前掲証拠によれば、被告人は前判示のように午後六時四〇分ころ国鉄佐賀駅南口駐車場で本件自動車を強取し、Aを乗せたまま約一三キロメートル走行して午後七時半過ころ淀姫神社(大和町所在)境内に到り暫時駐車し、午後八時ころ同神社から約二・二キロメートル離れたモーテル「慶」に赴き、同女を車から降ろして同モーテルの客室内に連行し、同女の両手を縛り身代金を要求するため同女の所持品等からその身元や電話番号を調べあげたりした後、午後九時ころに至りたまたま同女に対し劣情を催し最初の強姦行為に及んだものであることが認められる。

右に明らかなごとく、本件最初の強姦行為を見ても強盗の犯行現場からは走行距離にして約一五キロメートル離れた場所において、強盗の犯行終了(既遂に達した)後約二時間二〇分を経過した時点で、しかも新たに強姦の犯意を生じてその行為が行われているのであつて、移動が容易な自動車を使つたという特殊事情を考慮に入れても、これをもつて強盗の「現場」あるいは「機会」における強姦とは社会観念上とうてい考え難いのである。

なお、本件の犯行の主たる動機は、身代金目的略取及びその要求行為であり、その実行として、被害者をいわば車ごと自己の支配下に置いたものであつて、略取の手段としての脅迫行為が、車については、強盗の手段となりえたと評価しうるものの、奪取後の現場を離れた後においては、強盗犯人の身分を失い、したがつて強盗の余勢をかつて行われた強姦とも認め難い。

そうだとすれば、被告人の判示第二、第三の所為は、これを結合して強盗強姦罪をもつては律し得ず、強盗罪と各強姦罪との併合罪とするほかはない。

(量刑の理由)

被告人の本件各犯行は、何ら関係のない女子を略取し、その両親の憂慮に乗じて金員を得ようとしたのみかその女子を四日間にわたり監禁し、五回にわたつて陵辱を加えるなど卑劣かつ悪質なものであつて、被害者及びその家族の受けた苦痛は極めて大なるものがある。のみならず、最近における人質事件の多発に鑑み、本件の社会一般に与えた恐怖感も絶大であつて、模倣性の強い本件は、一般予防の見地からも看過し難い重大事犯といわねばならない。よつて被告人に対し厳罰をもつてのぞむ理由なしとしないが、一方被告人はこれまで前科前歴なく、人命救助を行うなど平均的な社会人として生活してきた者であること、被害者との間に示談は成立していないものの被告人の父より謝罪のうえ見舞金として一六〇万円が被害者に支払われていることなど有利な情状をも考慮し、被告人を懲役八年に処するを相当と思料した。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 吉永忠 知念義光 嘉村孝)

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